夫への感情を通して、自分と向き合う|3. 反発と怒りの感情

夫婦

さて、アファメーションを声に出してみたことで夫への反発を感じるようになりました。反発が出るという事はずっと抑えてきた感情があるはず。なんだろうな?と考えても自分でもわからなかったので講座で教えてもらった「9つのエニアグラム」を使ってみました。すると今回の反発は「2.必要を避ける」と筋反射で教えてくれました。

「存在する」ことは「必要とされること」です。他の人から必要とされ、是認されなくてはなりません。「是認されること」が行動を支配しています。

人を助けるために喜んで自分を犠牲にします。「自分は大切なのだ」「とても愛されているのだ」と感じられるようにしたいと思っているのです。あまりにも協力的になり「自分も相手も弱くしてしまう」こともあります。人の生活の中に自分を失ってしまう大きな危険があるのです。与えるだけ与えて、何も見返りを受け取らないこともあります。同じように奉仕的な対応がされないと、傷ついて「思いやられていない」と感じるのです。この人々は「したことに見合うほどに感謝されたことはない」と感じているので、たくさんの怒りを持っていますが、この怒りは否定され気づいていません。

この人々が突き動かされている衝動は「他の人々の為に物事をし続け」ただ「自分の為に物事をしない」というものです。

BRAIN UPDATE

最初に読んだ時は「怒り」の部分が入ってきました。「あぁ、わたし怒ってたんだ」と思いました。そいうえば、五行の「木」も怒りの感情でした。夫に対しては、ほとんど怒らないで生きてきました。喧嘩をする時も怒るよりも泣く事がほとんどでした。まさに怒りの感情を否定して気付かないふりをしていたのだと思います。昨日グループのzoom会でかずさんが言っていた「怒ってる人は、怒ってる感情だけ出さない」って言葉がすごく刺ささりました。あ、わたしのことだ。

何に怒ってたんだろう??

まずは、脅迫して娘をいじめる事に対して怒っていたよね。一次感情は「苦しい」「辛い」「罪悪感」かな。夫に対して「どうしてそんな事するの!?」の怒りと同時に、娘を助けられない自分に対しても罪悪感を感じていたな。

娘の登園しぶりに一人で対応するのがしんどいから「朝30分早く起きて協力して欲しい」とお願いしても、最初の3日しか起きてくれなかった事にも怒っていたな。一次感情は「協力してくれなくて悲しい」かな。時々「起きれなくかった〜」と言って起きてくるけれど「まずは、ひとこと謝って欲しい!」って思っていたな。

ようやく娘を送り届け、私が家に帰ると寝起きの夫が呑気そうに「おかえり〜」って言うのにも怒ってたな。私ひとりで朝からめっちゃ頑張りましたけど?一次感情は「わたしの頑張りが理解されなくて悲しい」「疲れた」かな。起きれなかった事に対しての謝罪も欲しかったし、頑張って連れて行った事への感謝の言葉も欲しかったな。

思い出しているうちに、そういえばボードゲームについても「怒り」があった事に気がつきました。私が独立したばかりで、まだ仕事が少なかった頃「一緒にボードゲーム作りたいんだ。俺がルール考えるから、さおりんデザインしてくれない?さおりんのデザインが良いんだ!」と相談されて、今まで15作品くらい一緒に作ってきました。ボードゲームについては、まさに「2.必要を避ける」だったと思います。わたしのデザインを必要としてくれる事が嬉しくて、自分の感情は置き去りでした。夫の夢(ボドゲの本場ドイツで賞を獲る)を応援できること、協力できることが必要とされる=自分は大切な存在なのだと、勘違いしていました。BUの3ヶ月目くらいでやっと「夢ノートに書いてた「ドイツで賞を取る」は私の夢じゃなかった…!」と気が付くことができました。その時はここまで深掘りできていなかったけど突然違和感が出てきて「あれ?これは夫の夢だったな」とあっさり認められました。デザインすることは楽しいけど、ゲームの話をする夫の話はいつも聞きたくないなぁと感じていて、単純に「私はゲームに興味がない」と思っていたのが、そうではなくて根底に「苦痛」の感情があって、それで聞きたくなかったのかもしれないと、振り返ったら見えてきました。

あと2つ、ゲームに関して「怒り」がありました。1つ目はデザイン料を「付け」にしていたことです。3作目くらいまでは毎回お支払いいただいていたのですが、次第に「デザイン費用を払っちゃうと次回作の制作費がカツカツなんだけど、、」と相談されるようになり、それから10作分以上が未払いでした。「世界でヒット作出たら出世払いでいいよ〜」なんて言っていたけれど、本心じゃなかったのかも。本当は怒っていたのかもしれません(自信ない)。だけど、少なくとも「付け」てもらっている事に対してもっと感謝の気持ちや態度は欲しかったです。2つ目は「さおりんのデザインのファンだから活躍して欲しいと思ってるんだ。だからゲームもその実績になったら良いなと思ってお願いしているんだ」とよく言ってくるのです。最初はエニアグラムにもある「必要とされいる感、是認されている感」を刺激してくれる言葉で嬉しかったはずなのですが、、次第に言われるとイラッとするようになりました。心の中で「自分の理想を押し付けないで!」「それって自分を正当化してるだけじゃん?」って思っていました。

冷静に見てみると、やっぱりエニアグラムとリンクして見えてきます。わたしと同じように奉仕的な対応がされない→傷つく→せめて感謝されたい→感謝されない→悲しい→怒り。みたいな流れがあるように感じます。前々から「もっと感謝してほしい」と夫によく言っていました。お互いの結婚指輪にも「itsumo arigato」と刻印しています。めっちゃ「感謝クレクレ族」だ(笑)根本的には「私が自分のありのままを受け入れること」「私が自分を大切にすること、愛すること」が出来ていなくて、それを夫に求めていたことが原因だと思います。これはBUのおかげで少し出来るようになってきました。筋反射で身体に聞いてみたら、今までが-200くらいだったのが、今は80くらいだそうです。だいぶ進化した!!

ゲームに関するあれこれは、まさに「他の人々の為に物事をし続け」ただ「自分の為に物事をしない」という状態になっていたんだな。という事がわかりました。原因は「夫のため!というゴール設定で引き受けていた」自分だったのです。もし案件として、ちゃんと話を聞いて検討した上で「自分のためのゴール設定を明確にして」依頼を受けていたならば、こんな事にはなっていなかったかもしれません。

気付いたことを、夫に全部話しました。反論もせず、全部聞いてくれて「そうだったのか。じゃあ少しずつお支払いしないとだね。」と、受け入れてくれました。

この話をした翌日に2人で出かける機会があり、また色々気づきがありました。次の記事ではその事について書こうと思います。

さおりん

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幼少期からの不調やネガティブ思考、お菓子の過食を手放して人生のステージを上がっていく、そのリアルな記録を発信していきます。

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